誰にも見つけられない星になる

思ったことを書いてるだけで権力はなにもない。

木山と水野(仮)2

相方の、いや、「現時点では」相方の水野が俺を呼び出したのは今朝のことだった。


突然の呼び出しだったけれど、内容はだいたい察しがついた。

まず、水野が話したいことがあるというときは、必ず「コンビについて」話し合いたいことがある時である。それはコンビにとって良い話しの時も悪い話しの時もあるが、水野が「話し」の「は」の字を何回かどもったことで、後者であることは明らかだった。昔から水野には、何か言いづらいことを切り出そうとするとどもってしまう癖があったのだ。どもるだなんて、話術を売りにしている芸人にとっては致命傷に違いないから、直す練習した方がいいぜって何度も言ってきたはずだが。 

 

それから、「悪い話し」の内容も、容易く見当がついた。

 度重なるオーディション不合格から始まって、終には、ひと夏の夢だとか意気込んで応募した漫才コンテストの予選落ち。抱いた夢はことごとく壊され、お客さんの笑い声すら満足に聞けなくなっていった毎日。


疲れた深夜バイトの帰りに、「解散」の二文字を考えてしまうことも最近では少なくなかった。お互い口にすらしなかったけど、考えてしまうのは俺だけでなく水野も同じだったはずだ。

 

それでも、「口にしない」、そのことだけで、なんとか夢を諦めないでここまできた。

 だけど今日はきっと違う。 


今まで心の内にあったとは言え、水野の口から実際に言葉になる場面を想像すると、心臓が摘まれたみたいにキュッとなる。


俺は少しでも現実から遠ざかっていたくて、だから、わざと遅刻した。


ハエに追いかけられた夢を見たのは本当だけど、電話をきった後布団からずっと出なかったのは嫌な夢を見たからじゃない。水野に会いたくなかったから。

食パンが賞味期限切れであることも本当はずっと前から知ってた。今日捨てようと思ったけど、腹でも壊して今日の予定をキャンセルできないかと思って食べた。

信号も踏切も走れば間に合ったのに走らなかった。まだ水野に会いたくなかったから。水野に会う時間を少しでも遅らせたかったから。

 水野に会ってしまったら、たとえ僅かとはいえ、ここまで紡いできた夢が完全に終わってしまうのは分かっているから。